作品に付ける年月日のこと。

「堀尾貞治氏と作品に付ける年月日のこと。」 

海月文庫四回シリーズ合同展に2001年から、出品されてた堀尾さんは
テーマによって、新作と、テーマに合った旧作を持って来られてました。(大概新作でしたが)
2008年「縫う展」では、「昔な、こんなん作ってたんや。」と石と瓶を皮で縫い合わせた作品を持ってこられた。
それは1968年の瓶の中の空気を、石と皮で縫い合わせたコンセプチュアルな作品だった。
他にもその頃の作品を3点ほど持って見えた。
「縫う展のテーマに丁度エエやろ。」
そして、何と1968年の制作年度を2008年と上書き!折角の1968年の「空気」が
2008年になってしまいましたが、ご当人は至ってご満悦でした。
海月文庫 小林慶子

山下克彦さんに聞いた「貞治サイン上書き」エピソード

これは、あの、堀尾さんところへ、通うて、柱に点々を打っとったときのことです。
堀尾さんが会社から帰ってきて、ほんで僕が「失礼します」って帰る時の事やけど。
「これ、やろう。」言うて、ガラスを直方体みたいにみたてて、平面にたいして、
斜めにこっちから見たとこ、上から見たところみたいに、1枚のガラスを切って、裏をベニヤ板で止めてある作品。
何枚も多分作ってはる作品やと思うんですけど、割とコンセプチュアルで、そう、まあ、本人も気に入ってはったと思うんです、
それを「やるわ。」言うて、ほんなら、年号もサインもなかったから、その場で書くいう感じで。
だいぶ前の作品だと思うけど、その日のサインをしはったんです。
ほんで、僕としたら、サインはそんな、昔に作ったのに、今日の日付を入れるかと、何ていう ことをやりはるんかなと、思っとったよね。
そういうことは、解釈は、いろいろできるよね。自分の生きてる間、100年間ぐらいなら、まあ、生きてる間っていう、限定はありますよね。
だから、やりはるんかなとか。理由は聞いてない。理由は全然聞いてないけど、作った日付を覚えてなかったら、今日にしたのかも分からへんし。
それはもう本人に聞いてないし、あの、真実は分かれへんし、その、心は見えへんねんけど。 まあ、普通じゃないな。
常識的と、ちゃうやんと。今日の日付にサインしていること自体がね。
近代絵画で、セザンヌのことか、ルノワールとか、年号書いてる人もいるけど、その時の年号やん。
日付まで書く必要はないよね、油絵なんか制作に長いことかかってるから、スパンで、大体年号だけですわ。
だけど、堀尾さん手が早いから毎日こう、書くから、日付というか、今日は、2026年何月何日って、なりますやん。
そんな感じで書きはった。ほんで、いただいて、いま家の壁に貼ってます。
そういうのは、常識と言うたら変やけど。
彼の常識と他の人の常識、僕の常識とは、ちょっと違う、いうだけの話なんかも知れへんし。
多分ね、分かってないと思うねん、いつ作ったかを。
それをきっちり覚えとったとしたらね、その日付を書いたはずなんです。
俺が推測するだけなんです、それは違うかも分からへんけどね。
大体ならわかるんかも知れへんけど、適当な嘘つきやったら今を書くのが、正しい言うか。
作品をあげた日付やっていうね、山下にやった日付がこれやっていう、ことだと思う。

※このエピソードは堀尾家の増築をいろいろな作家さんがお手伝いしてくださっていた1990年
天井の梁などに墨や彫りで点々描画飾りを入れるため山下さんが堀尾家に行った帰り、お礼に貞治から山下さんへ作品を贈った際のはなしです。
※ガラス作品の参考写真は、「堀尾貞治80年代の記録」本の1981年の項、31Pに掲載写真です
<語り部:山下克彦 聞いた日:2026年10月 聞きまとめ:堀尾あや>

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