海月通信メモシリーズ A Matter of Course MEMO Series

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新しいことをすると新しい事件

2007年11月発行海月通信第48号掲載 自然というのはきちんと嘘がない。沢山の雨が降れば洪水で田や畑、家も流れてしまうが、適量なら人々が潤うというように雨ひとつでも自然にその状況は出てくる。失敗を恐れずにやればそのように形になる。 この度...続きを読む
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阪神タイガースファン

2007年9月発行海月通信第47号掲載 阪神タイガースファンというのがいるが、これは負けたり勝ったりするゲームであるので、とにかく勝たない事には人気があがらない。 ところが長い時間そのファンになっていると、負けても負けてもファンなのであるか...続きを読む
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流れ スジ(筋)

2007年7月発行海月通信第46号掲載 ものごとを行うのに、その物事のスジを間違えると動きがとまる。スジとは物事。会社でも学校でも、その組織等には必ずたての線のようなものが有り、そのたて線を横からひっぱると組織の形体が変化する。 家族でも親...続きを読む
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誤解

2007年5月発行海月通信第45号掲載 日々の普通のことが普通に受け取れていればよいのに、どこかに期待や無関心といったことで夫々の生き方が考えなくても出来てくる。 そうした違いこそが大事なのであるのに、その違いを概念や多数決や教養や意地やそ...続きを読む
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みる

2007年3月発行海月通信第44号掲載 日常の中に物をみて生活しているのであるが、本当に日々の生活の中で物を見ているだろうか。極端な話、今会った人と会話をしていて別れるとその人の着ていた服やその色でさえ見ていないことが多い。そんなことである...続きを読む
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有名ということ

2007年1月発行海月通信第43号掲載 有名というのと作品というのは別のことである。有名というのは、ただただ有名であって、人が噂をするという現象である。有名人とはそういう噂の中にいるというだけのことで、その仕事とは何の関係も無い。 というの...続きを読む
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美術(芸術)とはゆとりか

2006年11月発行海月通信第42号掲載 美術を考えてみると、ことさらものを作るとか、絵を描くとかいっても、なんのくその役にもたたないものであるから、やらないというのが正常な気がしてくる。 普通の生活をして絵が必要なのか考えてみると、アホみ...続きを読む
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暇な時に時間を有効に使え

2006年9月発行海月通信第41号掲載 まだ時間があるからといって、そのことだけを考えていると、どんどん消化しているが、ほんとうは暇も多忙もなくて、時間は変わりなく動いているのであるから、暇というのは人間が勝手に、自分の都合に合わせて時間を...続きを読む
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考えの入口

2006年7月発行海月通信第40号掲載 作品を創る時、いいものを創ろうと考えて入るのと まあちょっとやってみようという感じでは もののあり方がちがう。ちがうという所で考えられるのは、いいものをという意識と気軽さのちょっとこの辺のあり方で出て...続きを読む
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苦しい時

2006年5月発行海月通信第39号掲載 同じ様な事をしていても何か違うというような事がある。 絵を描いていても若い時のような思いつめた事は無くなっている。画用紙の上の形や色に一人悦に入ったり、苛立ちを感じたりして、やってもやっても出来ない時...続きを読む