堀尾貞治 HORIO SADAHARU

現場芸術集団「空気」のこと

現代美術家・堀尾貞治(1939-2018)の活動に共鳴し、そのサポートに当たってきたのが現場芸術集団「空気」。主に神戸・大阪の現代美術家・愛好家を集め、緩やかで流動的な組織の不定形なグループとして運営されてきた。特に規約やメンバー選考があるわけではなく、堀尾が企画したプロジェクトに主体的に関わり、一緒になってパフォーマンスやインスタレーションを、その準備から後片付けまで、楽しみ、面白がってやる面々がメンバーとみなされてきた。ある程度の規模で期間も長いプロジェクトになると総勢40名を超えるメンバーが集まることになる。

現場芸術集団「空気」の名称が初めて用いられたのは、2003年4月から1年間に渡って開催された野外展「空気美術館in兵庫運河」の機会だが、その母体となったのは、堀尾が1975年以来続けてきた月例作品発表会「ぼんくら」(「ぼんくら会」ともいう)に集まる仲間たちである。公立美術館での初個展「堀尾貞治展 あたりまえのこと」(芦屋市立美術博物館、2002年7月20日〜9月1日)にあたって、堀尾は「ぼんくら」に集まる気心の知れた仲間たちを巻き込み、彼らの協力を得て、38日間の会期中、連日のパフォーマンスをこなし、日々姿を変える展示空間を生み出した。これに続いて関西を拠点とする現代美術家10名を集めた「未来予想図〜私の人生☆劇場〜」(兵庫県立美術館、2002年11月19日〜2003年1月13日)でも堀尾は仲間たちとの協働に重点を置き、一作家による単なる屋内展示の枠を超え、安藤建築の屋外スペースを縦横無尽に使い切ったインスタレーションやパフォーマンスなど破天荒な試みを繰り広げた。

こうした流れの中で、「ぼんくら」のメンバーに加えて、観客の中から自発的にパフォーマンスの手伝いをするようになった人々が合流し、自然発生的にグループのようなものが形作られ、現場芸術集団「空気」と命名されることになった。月例会「ぼんくら」がそこに集う各人が予め決められたテーマに沿ってあくまで自分の作品を持ち寄り、発表する場であるのに対して、現場芸術集団「空気」は堀尾貞治を核として、堀尾が提出する大まかなコンセプトや指示に従い、集団として動くという大きな違いがある。また、「ぼんくら」にはまず顔を出さないが、堀尾+「空気」のプロジェクトとなると必ず駆けつけるメンバーも出てきた。メンバーが代わる代わる各自の出し物を披露するパフォーマンス大会のような企画も行われてきたが、「空気」の本領が発揮されるのは、むしろ個々のアイデンティティが消し去られ、渾然一体となってひとつのプロジェクトが遂行される場合だと思える。

当初、兵庫運河でのプロジェクトは、堀尾が生まれ育ち、暮らし続けてきた地域の《まちおこし》の一環として堀尾に話が持ち込まれたもので、この水面を管理する神戸市みなと総局(現港湾局)の許可を得て実施の運びとなった。しかし、実際には、こうした建前を気に掛けることなく、かなり好き勝手で無茶なことが堀尾の主導で1年間に渡って繰り広げられた。「空気美術館 in 兵庫運河」は兵庫運河の広大な水面を架空の美術館に見立てたもので、水面が床、周囲の学校や工場が壁、天空が天井とされた。美術館の《建設》は、かつて貯木場だった水面(約100m x 400m)に当時はまだ放置されたままになっていた丸太・材木類を《基礎》として、梱包用の木製パレットに発砲スチロールを詰め込んだフロートをこれに連結し、人が歩けるスペースを整備することから始まった。その後、毎週土日を中心に継続的に作業を進め、廃材・不用品などを用いた掘立小屋その他の構築物が立ち上げられ、絶えず姿を変え、次第に水面を占拠していく《美術館》を創出。見学者も自由に水面を回遊できる空間とした。プロ・アマの作家による作品展示、インスタレーションが常時行われたほか、パフォーマンス、コンサートや舞踏などを盛り込んだイベントも数回に渡って開催。1日の作業が終わった後、水面に揺られながら一杯やるのもこの上ないひと時だった。

その後、第2弾として開催された「空気美術館 in 兵庫運河 日仏作家交流プロジェクト〈Mouvement〉」(2004年7月11日〜18日)ではフランス人作家2名のほか、スイス人・アイスランド人作家各1名も参加することになる。

この段階では、現場芸術集団「空気」はそのメンバーを自認する仲間たちと周囲のごく限られた人たちだけが知る存在だった。大きな節目となったのは、《堀尾貞治+現場芸術集団「空気」》として初めてエントリーすることになった「横浜トリエンナーレ2005 アートサーカス 【日常からの跳躍】」(2005年9月28日〜12月18日)。関西から離れた場所での長期に渡るイベントであったため、ビエンナーレ事務局に横浜市内のアパート2戸(男女別)を宿舎として借り上げてもらい、堀尾は搬入段階から会期中はもちろん、搬出にいたるまで90日以上をほぼ通しで横浜に滞在。「空気」メンバーは各自の都合にあわせて、入れ替わり立ち代わり関西から足を運び、堀尾をサポートし、自ずと作業を分担しながら長丁場を乗り切った。82日間の会期中(内覧会も入れると83日間)、会場一角の幅約30m、最大高さ約11mの《壁》をペンキで毎日塗り替える作業、メンバーが作ったサムホール作品の千円均一展示即売、毎日14時からのパフォーマンスとそれに続く《百均絵画》という盛り沢山なプログラムが連日繰り広げられた。

その後、《堀尾貞治+現場芸術集団「空気」》としてエントリーした芸術祭など各地のイベントとしては、「『まち』がミュージアム」(富士吉田市/2007年、2008年、2009年)、「水都大阪2009」(大阪市/2009年)、「西宮船坂ビエンナーレ2012 結(ゆう) connection」(西宮市/2012年)、「イチハナリアートプロジェクト+3」(沖縄/2016年、2017年)、「東アジア文化都市2017京都『アジア回廊 現代美術展』」(京都市/2017年)などがあるほか、ギャラリーでのグループ展としては「あたりまえのこと(棒による)」(アートスペース虹、京都市/2010年)、「あたりまえのこと(四角連動)」(ギャラリー島田、神戸市/2016年)などがある。また、主に神戸市内で1日限りの単発的な屋外イベントも何度か行っている。堀尾の自宅近くにあり、区画整理のため解体されることになった塗料店の外壁を色とりどりにペインティングされた四角で埋め尽くす「四角ならなんでもOK」(2008年8月)、ひらがなの「あ」から「ん」までを1文字ずつ堀尾が手書きしたTシャツを参加者全員が着用して神戸の繁華街を練り歩く「ことばが歩く」(2013年6月)などがある。また、堀尾の個展、その他のイベントの際にも、ことあるごとに「空気」のメンバーが堀尾をサポートしてきた。数千点の《色塗り》作品を一堂に集めた個展「堀尾貞治 あたりまえのこと〈今〉」(BBプラザ美術館/神戸市、2014年)でも、搬入・搬出時のほか会期中のパフォーマンスの際にも「空気」のメンバーが積極的に関与している。

さらに堀尾の海外プロジェクトでも、現場芸術集団「空気」の出番が回ってくることになった。2003年の「空気美術館 in 兵庫運河」の際に堀尾と初めて出会い、意気投合したフランス人作家ヤヌシュ・ステガが帰国後、フランスで個展をする機会に是非とも堀尾を招きたいと画策し、現地のアート系NPO法人《artconnexion》の協力を得て、2004年11月にフランス北部の地方都市リールで2週間ほどの堀尾のレジデンスが実現されることになった。これに当たり、「空気」から有志7名が自費で渡仏し、堀尾と一緒にリールとその周辺部の計5カ所でパフォーマンスを実施。「空気」の名前を表に出したプロジェクトではなかったが、実質的には《堀尾貞治+現場芸術集団「空気」》にとって初の海外プロジェクトとなった。

2009年以降は、インテリアデザイナーであり、アート・ディーラーでもあるベルギー人コレクターのアクセル・ヴェルヴォールトとの親交が深まるにつれ、アントワープのAxel Vervoordt Galleryが欧米における堀尾の事実上の取り扱いギャラリーとなったこともあり、堀尾が海外に招かれる機会が一段と増えた。2009年にはヴェネチア・ビエンナーレの会期に合わせて、アクセル・ヴェルヴォールトほかのキュレーションで開催された展覧会「In-Finitum」(2009年6月6日〜11月15日)のオープニングパフォーマンスに堀尾が招へいされ、「空気」メンバー3名がスタッフとして同行。その後、2011年から2018年にかけては、海外での個展、グループ展、アートフェアや現地制作のため、少なくとも年に1回は堀尾が招へいされ、それに「空気」メンバー数名がスタッフとして同行するのが常となった。こうした形の海外遠征は10数回を数えている(イタリアのほか、ドイツ、ベルギー、スウェーデン、フランス、ポーランド、ニューヨーク、香港)。そのうち、ドイツ・フランクフルトでの「Frankfurter Positionen 2011(フランクフルト・ポジションズ2011) – Atarimae-no-koto (A matter of course)」(2011年2月)とフランス・リールでの「Printemps japonais(日本の春)」(2014年3月)は《Sadaharu Horio & KUKI》でのエントリーとなり、それぞれ6名のメンバーが堀尾に同行し、数日間のパフォーマンスを実施している。

私が本格的に堀尾貞治の仕事と出会い、その人柄に触れるようになったのは2002年の芦屋美術博物館での個展「堀尾貞治展 あたりまえのこと」がきっかけで、その後、兵庫県立美術館での「未来予想図〜私の人生☆劇場」の際には毎週土曜日に行われたパフォーマンスやその後片付けの手伝いをするようになった。この展覧会の搬出最終日だったと思うが、2003年1月18日に手伝いに行った時、美術館近くのお好み焼き屋で他のメンバー数名と一緒に昼食をとっていた時、堀尾がこう言った。「おれ、堀尾貞治やめたいんや」

話を聞けば、人生に疲れたから「やめたい」ということではなく、今後は個人名での作家活動よりも気の合った仲間たちとチームを組んでの仕事に重点を置きたいということらしかった。この言葉が気にかかり、堀尾を中心としたアーティスト集団にどんな名前が付けられるかを考え始めた。その時々の《場》を重視する堀尾のやり方に惹きつけられていた私がまず思いついたのは《現場》という概念で、具体美術協会が「具体」と略称されると同じように「現場」と略称できるグループ名はないかと考えを巡らせた。しかし、堀尾の話の端々やパフォーマンスのタイトルに《空気》という言葉が頻繁に出てくるのが気になっていた。当時はまだその意味をよく理解してはいなかったが、やはり《空気》は欠かせないかと思い、《現場芸術集団「空気」》という案に落ち着いた。1週間後の1月25日に美術館近くの居酒屋で「未来予想図」の打ち上げが行われた際に、こんな名前を思いついたことを堀尾に伝えたが、話は一旦そこで途切れた。ところが、2003年3月の終わりに初めて兵庫運河に行った時、堀尾から不意に「今回からこの名前でいくでぇ」と言われた(したがって、略称は「空気」となった)。

「横浜トリエンナーレ2005」以降、《堀尾貞治+現場芸術集団「空気」》という呼び方が定着することになり、「やめたいねん」と言っていた「堀尾貞治」の名前がかえって前面に出るという矛盾が生じたことになる。堀尾も「空気」の一員であり、その意味では彼の名前を出さず、単に現場芸術集団「空気」とだけする選択肢もあったはずだが、やはり堀尾は別格であり、グループの中核であることから、堀尾+「空気」という言い方が(ある意味で《広報戦略》としても)使われてきた。堀尾貞治という作家・人物の求心力があればこそ、彼を慕い、サポートし、彼と共に活動することに喜び・楽しみを見出す仲間が集まったのであり、堀尾なくしては現場芸術集団「空気」は存在し得なかった。

「ぼんくら」は堀尾の死後も、場所を変え、メンバーも入れ替わりながら今も継続されており、今後も形を変えながらも、堀尾のひとつの《遺産》として受け継がれていくことになるだろう。一方、現場芸術集団「空気」の名称を用いた活動は2018年11月に堀尾がこの世を去って以来、休止している。それは、堀尾という中核を失った今、安易にこの名称を用いてパフォーマンスやグループ展をしたとしても、以前とはまったく別物になってしまう恐れがあると思えるからだ。ただ、今後、美術館などでの堀尾の回顧展や記録集の出版などのしっかりした企画が出てくれば、現場芸術集団「空気」としてその手伝いをすることも可能かも知れない。こうした形であれば、遺された作品や資料を通して、「空気」のメンバーも堀尾との対話を続けることができるのではないだろうか。

2020年7月
現場芸術集団「空気」事務局
原口研治

運河空気美術館        

堀尾貞治+現場芸術集団「空気」活動歴

会期 イベント 会場
2003/4〜2004/3 空気美術館 in 兵庫運河 兵庫運河(神戸市兵庫区)
2004/7/11〜18 空気美術館 in 兵庫運河 日仏作家交流プロジェクト〈Mouvement〉) 兵庫運河(神戸市兵庫区)
2004/11/20〜12/4 堀尾の渡仏レジデンス:「空気」の有志7名が同行し、計5カ所でパフォーマン メゾンフォリー・ワゼムほか(リール/フランス)
2005/9/28〜12/18 横浜トリエンナーレ2005アートサーカス【日常からの跳躍】 山下埠頭3号、4号上屋(横浜市)
2005/12/15〜20 横浜トリエンナーレ2005 in 神戸 南京町ギャラリー蝶屋(神戸市)
2006/2/1〜28 横浜トリエンナーレ2005の余韻 Barメタモルフォーゼ(西宮市)
2006/2/13〜3/5 横浜トリエンナーレ2005の余韻 STREET GALLERY(神戸市))
2006/12/12〜2007/1/21 あたりまえのこと(四角のこと+四角連動) G2ギャラリー(西脇市)
2006/12/24 単発イベント:あたりまえのこと 四角連動の日 JR神戸駅→三宮(神戸市)
2007/1/13 単発イベント:「四角連動」 JR芦屋駅→芦屋市立美術博物館
2007/9/15〜23 第8回「まち」がミュージアム!2007 富士吉田市
2008/8/10 単発イベント:四角ならなんでもOK つちみ塗料店(神戸市兵庫区)
2008/9/6〜17 あたりまえのこと(四角ならなんでもOK) ギャラリー島田(神戸市)
2008/9/13〜21 第9回「まち」がミュージアム!2008 富士吉田市
2009/7/26〜8/1 堀尾貞治 権座水彩画展同時開催・現場芸術集団「空気」による四角連動 八幡酒造工房・瓦楽(近江八幡市
2009/8/1〜9 あたりまえのことin沖縄 ギャラリー・ラファイエットほか(沖縄市)
2009/8/22〜10/12 水都大阪2009 中之島公園(大阪市)
2009/9/13〜21 第10回「まち」がミュージアム!2009 富士吉田市
2009/10/18 単発イベント:消えゆく旧消防署庁舎へのオマージュ(堀尾貞治+現場芸術集団による突撃ライブペインティング 旧三木市消防署庁舎(三木市)
2009/10/27〜11/8 あたりまえのこと(約束) Pocket美術函モトコー(神戸市)
2010/6/8〜13 あたりまえのこと「棒による」 アートスペース虹(京都市)
2010/7/17-25 あたりまえのこと in 沖縄2010 コリンザほか(沖縄市)
2010/9/4〜10/31 あたりまえのこと(同時空間 四角連動) 旧神戸生糸検査所(神戸市)
2011/2/2〜6 Frankfurter Positionen 2011(フランクフルト・ポジションズ 2011): Atarimae-no-koto (A matter of course) Sadaharu Horio & KUKI Frankfurt LAB(フランクフルト/ドイツ)
2011/10/15〜17、22〜24 あたりまえのこと(約束) アートスペースかおる(神戸市)
2012/10/21〜11/24 西宮船坂ビエンナーレ2012 結(ゆう) connection 船坂集落(西宮市)
2012/11/10 西宮船坂ビエンナーレ2012関連イベント「裏運動会」(パフォーマンス) 旧船坂小学校グラウンド(西宮市)
2013/6/15 単発イベント:ことばが歩く 神戸市(神戸駅→三宮駅)
2013/7/14 単発イベント:1kmのライン 須磨海岸(神戸市)
2013/8/25 単発イベント:1日で「家」を建てる 山懐庵(京都市右京区)
2013/11/24 単発イベント:あたりまえのこと(昭和村)— アドリブでその場にかかわる リサイクルショップ神戸伊川谷 昭和村(神戸市西区)
2013/9/21〜30 四角連動 銀ぶら426(彦根市
2014/3/26〜4/2 Printemps japonais(日本の春) – Sadaharu Horio et le collectif KUKI リール/フランス、ブリュッセル/ベルギー
2015/10/5 単発イベント:青空パフォーマンス大会 諏訪山公園(神戸市)
2016/4/16〜4/27 あたりまえのこと(四角連動) ギャラリー島田(神戸市)
2016/9/17〜10/2 2016イチハナリアートプロジェクト+3 伊計島(沖縄県うるま市)
2017/7/22〜23 のせでんアートライン2017・オープニングパフォーマンス「あたりまえのこと – 芸術にやりすぎはない –」 川西市
2017/8/19〜10/15 東アジア文化都市2017京都「アジア回廊 現代美術展」 京都芸術センター/二条城(京都市)
2017/11/18〜12/3 2017イチハナリアートプロジェクト+3 宮城島(沖縄県うるま市)