苦しい時

2006年5月発行海月通信第39号掲載

 同じ様な事をしていても何か違うというような事がある。

 絵を描いていても若い時のような思いつめた事は無くなっている。画用紙の上の形や色に一人悦に入ったり、苛立ちを感じたりして、やってもやっても出来ない時があった。今57才になって昔の事を想い出してみると嘘のような感じすらする。何が変わったのか知らないが、画用紙の上の色や形も思いつめたものは感じられない。しかし昔の絵よりももっと力があり洗練されているのであるが、あの若い時の感激や思い込みはない。

 今判る事は沢山の体験や失敗を重ねて、一つの事を表現するにも数えきれない程あるという実感がある。だから表現方法もその無限を信じられるようになった心というものが思い込みや思いつめを取り去ってしまったのだと思う。判るというのは理解ではなく人生全部なんだと思う。1996年1月12日 MEMOより

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