とらわれ

2002年5月発行海月通信第16号掲載

 1997年7月11日から昨日以前に書いた仕事のプランを紛失してしまった。何か自分では大事なことを書いていたように思うので、そのプランの資料をさがしつづけていたが、出てこなくてこまったと思いつづけているうちに、一日がつぶれて日がつぶれというふうに、時間を無駄にするだけでなく、そのプランが今よりはいいと思うのでいつまでもそのことにとらわれていた。

 これは、日々の生き方の中でも多々あることであるが、忘れて又今からはじめてみたらと決断するというか忘れることによって新しく心の泉に水が湧いてくるのである。その切換えをたくさんすることで日々の生き方も生々とすると思う。


 どこか人間というのは知らないうちに気にしないでよいことを気にして生きている。よくあろうという考えはそれはそれでよいのであるがそれが手足を動かない方向へ持っていく。早く切りかえをして勇気を出して、真理というかやらねばならんことに向かってその流れに乗って楽しいところへと行きたいものである。1995年7月 MEMOより

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